episode. 7
土の上で生きること
風景と土地と地続きの暮らしを
土の上で生きること
風景と土地と地続きの暮らしを
藤原 宏元さん

東日本大震災、コロナ禍を経て、生き方や大切にしたいことが変わってしまったという藤原さん。「土の上で暮らしたい」という思いから、家づくりがはじまりました。
自分が実現したい暮らしはどんなものか。建築の本を読んで、あちこちに実際に出かけて、見て、滞在して。イメージを具体的なかたちへ。少しずつ、確実につくり上げてきました。
大切にしたい、自分の中の確固たる信念と。共に作り上げる人たちへの信頼と。ゼロから取り組んだ藤原さんの家づくりと今も続く暮らしの実践について、お話を聞きました。
設計監理:OKK/大西貴之建築計画事務所
構造設計:海野構造研究所
施工:株式会社ハンドワークス
竣工:2022年4月
ご家族構成
藤原 宏元さん、ももこさん、あめちゃん、猫 (わかめ、まるこ)
土地と風景と、地続きの家づくり

ー土地との出会いから、藤原さんの家づくりが始まっていったそうですね。
藤原さん:そうですね。もともとは中古物件を探していたんですよ。新しくつくるよりエネルギーも抑えられるし。ロケーション重視で半年くらい家さがしをしたんだけど、なかなかこれというものに出合えなくて。
そんな時にパートナーのももちゃんが見つけてくれたのが、この土地でした。
来てみたら、ひらけていて気持ちがよくて。設計はももちゃんのつながりで、同郷の大西貴之くんにお願いしました。
実際に建築許可がおりるのに少し時間がかかったので、その間にどんな家にしようかってかなりプランを練りましたね。

ーどんな家にしたいと思っていたんですか。
藤原さん:マンションだと玄関からが自分の部屋になるけど、ここに家を建てて住むということは、もう外と地続きというか、建物の周りも含めて家みたいな感覚になるから。
家を建てるってことは風景を作ること。だから、相当責任重大だぞって。
風景を作るのに、景観と全くそぐわないってのはだめだし、「前からここにあったんじゃないの」みたいな家がいい。できるだけ中と外の区別がないような家にしたいって、大西くんとは話していましたね。

藤原さん:建築の本もたくさん読んで、調べれば調べるほど、住み心地や使い勝手が大事なんだって分かってきて。
そういうことは数値で測るようなものではないから、体感として共有しようって、大西くんと居心地のいい宿に泊まりに行ったりしてね。
「この居心地の良さはなんやろうな」
「ここが丸いからかな」
「この高さかな」みたいな話をしていましたね。

ーご自身にとっての心地良さ、快適さ、使い勝手を、設計士さんと共有されていったんですね。
藤原さん:そう。図面を介して話しても落としどころがどこか不鮮明になっちゃうから。例えば「あそこで食べたあれ」みたいに伝えられたらいいなって。
でも当時は、実際に住んでいない、やっぱり想像の域なんで。今思えばこうすればよかったとか、もちろん無限にあるんですけどね。
良い物件の条件が変わってしまった

ー藤原さんが今のような暮らしぶりになったのは、東日本大震災が影響しているそうですね。
藤原さん:そう。仙台にもよくライブで行っていて、その半年後に震災があってね。当時は関西にいながらずっとヤキモキしていました。
それまでは困ったら行政が助けてくれると思っていたけど、それを超えることが起きた時に何もできないんだな。どうしたらいいんや。どうするのが正解なんだろうって。
同時に、エネルギーや食べ物を自分で自給できていない暮らしの脆さも感じましたね。
なんて脆いものの上に何千万人という人が暮らしている国なんだろうって。このままではあかんなって。とはいえ、具体的にどうしようってところまでは浮かんでいなくてね。
その後も仕事でライブやイベントをしてたんですけど、コロナ禍で一切なくなって。そんな時にたまたま『人生フルーツ』っていう映画を見たんです。

ー『人生フルーツ』、私も大好きな映画です。
藤原さん:それで、あまりにも衝撃を受けて。「日本人全員が見て、もう一回暮らしを見つめ直した方がええわ。ほんまに」って上映会もしたくらい。
ー映画自体は穏やかな内容でしたよね。
藤原さん:穏やかだけど、あのご主人はパンクスやないですか。全てのシステムとか体制に対して。
ーたしかに、生き方にはロックっぽさを感じますね。カウンターカルチャーというか。
藤原さん:そのエネルギーをバチンと食らってしまって。それを、みんなと共有したかったんですよね。
その頃から、僕にとっての良い物件は駅から徒歩◯分とかではなくなっていました。暮らしの本質というか、食料の何割かは自給できること、みたいなね。結婚当初は明石のマンションに住んでいたんですけど、「そろそろ地面の上で暮らしたい」と思うようになって。ちょうど家を建てはじめた時に子どもが生まれました。

ー映画『人生フルーツ』は暮らしぶりがかなり具体的ですよね。平屋で、部屋を分けずに棚で仕切って、ここの間取りとも似てますね。
藤原さん:そうですね。結局、新築を建てることにしたけど、それでも可能な限り無駄がないほうがいいなと思っていました。住まなくなったら、ぺしゃんって潰して全部土に還るみたいなのが理想なんだけど、実際そこまではなかなかね。
建築当時はコロナ禍ということもあって、当初予定していた建材が海外から入ってこなかったんですよ。おかげで全部国産材になったから怪我の功名というか。
家づくりの過程そのものも楽しみながら

ー藤原さんとハンドワークスの出会いは。
藤原さん:設計をお願いした大西くんがエイチ・アンドの半田さんと友人で、半田さんがハンドワークスを紹介してくれました。
「工務店はハンドワークスさん一択や」って。
ー即決されたんですか。
藤原さん:半田さんがそこまで言うなら、そうなんやろうと。
佐藤さんから大工になるまでのお話も聞いて、まあまあ尖ってる人だな、これは信頼できるぞって。「このままじゃダメだ」って大学を休学してヨーロッパ行って、「大工になる」と決意して帰国して、淡路島に修行に行ったって、もう最高ですよね。言葉だけじゃなくて、哲学というか仕事ぶりからしてもね。

ー佐藤さんは、藤原さんとの家づくりで印象に残ってることはありますか。
佐藤:工務店として設計士さんから紹介される案件の場合、施主の方にお会いするより前に、まず図面を見るんですね。
一般的な間取りじゃないなって思いました。まず、収納が少ない。2階も半分は吹き抜けで、上がれる部分も天井が低いし。効率という視点から作られていないというか。
「どんな感じの方なんだろう」とワクワクしてました。
実際に藤原さんにお会いして、合点がいったというか。奥様も楽しい方で、ご夫婦それぞれが明るくておおらかで、「この二人だったら大丈夫だろうな」って感じました。

ー実際に家づくりが始まってから、印象に残っていることはありますか。
藤原さん:家も完成間近になってエアコンを取り付ける時に、もともと通してくれていた配管と違うサイズのエアコンを僕が買っていたことが分かって。結局は合っていたんですけど。
佐藤さんが「あれ?あれ?」と言いながらずっと調整して、「ちょっとホームセンター行ってきます」って出ていかれたんですね。
最後の最後で、社長自らそんなことをやる会社なんだ、めっちゃええなと思いましたね。
ー不安にはならなかったですか。
藤原さん:自分で最後まで責任を持ってやりきるスタンスというか。
効率とは真逆かもしれないですけど、誰かに任せるんじゃなくて責任を持って完成させる信念とか根性みたいなものを感じたんですよね。最後の最後までね。

藤原さん:ほかにも、細かいことを言えば本当にいろいろあるんですけど、住みはじめてすぐに下駄箱の棚板が足りないことが分かって、佐藤さんにお伝えすると、すぐに玄関前に何枚か立てかけて置いてくれていたこともありました。
ちょうどクリスマスだったので、「サンタが来た」って(笑)。嬉しかったですね。
佐藤:藤原さんの家づくりって、なんと言うか、それ自体がイベント的な感じがすごくあったんですよね。
家をつくることが目的じゃないというか。つくる過程のハプニングとか、後から分かる「収納が足りなかった」とか、そういうものも含めて全部イベントとして楽しんでやろう、みたいな。言葉にはされていなかったけど、そういうテーマがあった感じがします。
自分にできること、できないことが見えてくる

ーここに来て、見える場所全体が藤原さんの家、暮らしの場所という印象を受けました。当初のイメージに近づいている感じはありますか。
住み始めて4年かな。完成した時は本当に荒野にぽつんと建物があるだけだったんですよ。奥のスペースを畑にして、にわとり小屋も作って、今年の春に裏庭の石積みをして。少しずつ、暮らしの範囲が広がっている感じですね。
ー景観もずいぶん変わったんじゃないですか。
そうですね。昔の写真と見比べると本当に全然違います。

ー生活や暮らし方はどんなふうに変わりましたか。
住む前は、「あれもやって、これもやって」と理想をたくさん考えていたんです。
でも実際に住み始めると、とてもそんな時間はなくて。自分でやれることは自分でやる。そうしているうちに「これは得意」「これは苦手」が見えてきましたね。
ー暮らしの自給率はいかがですか。
最初は、やけになってでも上げようと思っていましたけど、今はもっと緩やかです。
無理はしない。ここで畑を始めて去年から田んぼも借りました。友人や近所の方にあれこれ相談しながらやっています。
できることもどんどん増えている反面、これはできないなということも分かってきた。プロに任せるところは任せて、頼っていますね。



ーニワトリとも、一緒に暮らしているんですね。
そうですね。毎日卵を生んでくれます。先日、はじめてお肉をいただきました。半年一緒に暮らしたら、やっぱり家族になるから、前の日の夜は「大丈夫かな、自分」って思っていましたけど。
みんなが真剣に向き合ってくれて。猟師の友達がお酒をかけて、お祈りまでしてくれて。きちんとお別れしてから、いただきました。一口一口、あんなに真面目に鶏肉を食べたのは初めてでしたね。
共につくる家、暮らし。覚悟と信頼と

ーお話を伺って、藤原さんも佐藤さんもここでの家づくりを楽しまれていたんだなと感じました。
藤原さん:僕は最初から、家は買うものじゃなくて、一緒につくるものだという意識でいたから。お金を払ってやってもらうというより、一緒にこの経験をつくるという感覚でした。
佐藤:それはすごく感じていました。「邪魔したら悪いから」と施工中は距離を置くお客さまも多いんですが、藤原さんは「なんなら俺もやるぞ」みたいに真逆でしたね。(笑)。
僕も家づくりの責任を自分が持つという覚悟でやっています。最後の砦は自分だという覚悟。
そういう主体性という意味で、藤原さんはすごく似ていた。お客さまではあるけれど、設計をお願いしたのも自分の責任、施工をお願いしたのも自分の責任。その上で、「どうやって作ってるんやろう」と純粋な好奇心を持って、家づくりに向き合われていた印象があります。

藤原さん:建築のことを色々調べていた時、確か隈研吾さんと養老孟司さんの対談を見たことがあって、「信頼して任せたから大丈夫」と言える関係を築けるかが大事で、医者と建築家はそこが似ているという話をされていました。
大切なものを預けるような感覚というか。だから僕は、設計の大西くんもハンドワークスのことも信頼していました。その中で何か不都合が起きても、「じゃあ一緒に解決しましょう」という感覚でいましたね。


ーセッションしながら作られていた感じですね。音楽みたいに。
藤原さん:家づくりは「こんな楽しい遊びがあるんだ」と思うくらい楽しかったですね。今から家を建てる人が本当にうらやましいです。
この家もまだ完成した気がしないんですよ。
雨風しのげて、眠れて、ご飯を作って食べられるようにはなったけど、生きるってそれだけじゃないから。作っていきたい暮らしがある。そのための作業ができる場所や設備はまだこれからだなって常日頃感じながら今暮らしてます。
手を入れたいところはまだまだあって、あれもこれもハンドワークスに相談したい。今もずっと家づくりが続いてるような気ではいますね。

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鉄|tipura studio. 佐々谷良
左官|藤田勝行
インタビュー|小川直美
写真|大﨑 俊典(photo scape corner.)